責任の重さで並べてみる日々の役割
調理師免許を持って働きはじめると、日々の役割にはそれぞれ違った重さがあることに気づいていきます。試しに責任の重さという物差しで並べ直してみると、いまの自分の立ち位置がはっきりと見えてくるものです。
いちばん下に置かれるのは、決められた手順どおりに手を動かしていく、日々の基本となる作業になります。基本の作業は軽く見られがちですが、これが崩れてしまうと上に積まれた全てが揺らいでしまいます。
その次に置かれるのは、素材の状態を見て、その日の扱い方を細かく整えていくという役割になります。同じ材料であっても日によって様子が違うため、目と手の両方を使った細やかな調整が求められます。
さらに上には、段取りを組み立てて、限られた時間のなかで全体を流していくという役割が置かれます。この役割を担う人が落ち着いていると、周囲の人はそれぞれの持ち場に安心して集中できるようになります。
その上に来るのは、献立の内容を考え、季節や相手に合わせて組み立てていくという役割になります。ここまで来ると、判断の一つひとつが、その場所全体の印象そのものを形づくることになっていきます。
そして最も上に置かれるのは、人を育て、職場全体の方向を決めていくという役割だと言えるでしょう。この役割は目に見える成果が出るまでに時間がかかりますが、その影響はきわめて長く続いていきます。
こうして並べてみると、責任の重さは、判断がどれだけ先まで影響するかで決まっていると分かります。影響の届く範囲が広ければ広いほど、その判断には慎重さと確かな土台が求められることになります。
免許を得た人は、下から順に登っていくことになりますが、途中を飛び越えて進めるものではありません。下の段を丁寧に踏んできた人ほど、上の段に立ったときの判断が揺らがなくなっていくものだと言えます。
自分がいまどのあたりに立っているのかを知っておくと、次に伸ばすべき力がはっきりと見えてきます。はっきりしてくると、日々の仕事に確かな目的が生まれ、進み方までもが変わっていくことになります。
上位に置かれる判断ほど静かに効いてくる
責任の重い判断ほど、その場では目立たず、あとになってから効いてくるという性質を持っています。だからこそ、判断をした本人でさえ、その判断の大きさに気づかないままで過ぎてしまうことがあります。
たとえば献立の組み立てを少し変えたことが、季節をひとめぐりしたころに大きな違いとなって現れます。積み重なっていった小さな選択が、その場所の色合いそのものを形づくっていくことになるからです。
人を育てるという判断は、さらにゆっくりと効いてきて、何年もかけて形になっていくものだと言えます。教えた相手が今度は誰かに教えるようになったとき、その影響ははじめて目に見える形になっていきます。
こうした静かな判断を支えているのが、資格を通じて学んできた考え方の土台になっていくと言えます。確かな土台があるからこそ、目先の都合ではなく、先を見据えた選択ができるようになっていきます。
反対に、土台のないままで重い判断を続けていくと、方針が日によって揺れてしまいがちになります。揺れが続いてしまうと周囲は動きにくくなっていき、職場全体の力が発揮されにくくなってしまいます。
上位に置かれる判断を任されたときには、決めた理由を短い言葉で残しておくことが役に立ってきます。残しておいた言葉は、あとから振り返るときの手がかりとなり、次の判断を確かに助けてくれるはずです。
また、重い判断であればあるほど、ひとりで抱え込まずに周囲の意見を聞くことが大切になっていきます。集めた意見を踏まえて決めていった内容は、職場のなかで受け入れられやすくなっていくものだからです。
静かに効いてくる判断は、すぐには評価されないため、続けるには自分なりの手ごたえが必要になります。その日にできたことを自分自身で認めていく習慣こそが、長い時間を支える力になってくれるはずです。
時間をかけて効いてくる判断を重ねられる人は、その場所にとって欠かせない存在になっていきます。欠かせない存在になっていくということが、責任を引き受けてきたことへの何よりの報いになります。
序列を意識しすぎない働き方の作り方
責任の重さを並べてみることは役に立ちますが、序列そのものにとらわれすぎるのは避けたいところです。上下ばかりを気にしていると、目の前の仕事から気持ちが離れてしまうことがあるからだと言えます。
どの段に立っていても、その日に出す一皿の価値は変わらないという点を忘れないようにしたいものです。基本の作業を担う人がいなければ、上の段の判断はそもそも形にならないという事実があるからです。
序列は役割の整理のための道具であって、人の価値を測るための物差しではないと考えてよいでしょう。道具として使う意識を持っていれば、比べることによって生じる息苦しさから自由になっていきます。
焦って上の段を目指すよりも、いまの段でできることを増やしていくほうが、結果として早く進めます。足元が固まっている人は、次の段に立ったときにも、慌てることなく力を出すことができるからです。
また、上の段に立つことだけが道ではなく、ひとつの技を深めていくという道も確かに開かれています。どちらを選んだとしても、料理の仕事のなかでは十分に価値のある歩み方だと言えるのではないでしょうか。
周囲の人と比べて落ち込みそうになったときには、半年前の自分と比べてみるとよいのかもしれません。過去の自分と比べる習慣がある人は、自分が着実に伸びているということに気づきやすくなっていきます。
序列を気にしすぎない職場をつくるためには、上の段の人から声をかけていくことが効果を持ちます。声をかけてもらえた人は安心して力を出せるようになり、全体の流れが軽くなっていくことになります。
また、下の段の仕事を上の段の人が時々担うようにすると、互いの理解が深まり、関係が良くなっていきます。理解が深まった職場では、無理のある指示が減っていき、働きやすさが着実に増していくことになります。
序列と上手に付き合える人は、責任が増えていったとしても押しつぶされず、着実に前へ進んでいけます。付き合い方を身につけておくということは、長く働き続けるための大切な技のひとつだと言えるでしょう。
重さを引き受けるために備えておきたいこと
責任の重い役割を引き受けるためには、その前にいくつかの備えを整えておきたいところになります。備えのないままで重さだけを引き受けてしまうと、どこかの時点で苦しくなってしまうことがあるからです。
第一の備えとなるのは、自分が判断の根拠として使える知識を、いつでも取り出せる形にしておくことです。資格を通じて学んだ内容を折にふれて読み返しておくと、必要なときにすぐ引き出すことができます。
第二の備えとなるのは、相談できる相手を職場の内と外の両方に持っておくということになっていきます。相談できる先がある人は、迷ったときにいったん立ち止まることができ、無理のある判断を避けられます。
第三の備えとなるのは、自分の体と時間の使い方を整えて、余裕を残しておくという心がけになります。余裕のない状態で重い判断を続けていくと、視野が狭くなっていき、誤りが起きやすくなってしまいます。
第四の備えとして、判断の記録を残す習慣を持っておくことも、とても大きな助けになってくれます。記録を読み返してみることによって、自分の癖が見えてきて、判断の質が少しずつ上がっていきます。
第五の備えは、うまくいかなかったときにどうするかを、あらかじめ考えておくということになります。あらかじめ考えてある人は、実際にそれが起きたときにも、落ち着いて次の手を打つことができるはずです。
これらの備えは、一度に全てを整える必要はなく、ひとつずつ積み上げていけば十分だと言えるでしょう。ひとつ整うたびに、引き受けられる重さは確かに増えていくことになるからだと考えてよいでしょう。
備えを整えていく過程そのものが、実のところ最も大きな学びの機会になっているとも言えるでしょう。整える過程で身についていった力は、どの職場へ移っていっても通用する確かなものになっていきます。
重さを引き受けられるようになってくると、仕事の景色は驚くほど広がって見えるようになっていきます。広がった景色のなかで働けるということこそが、責任を担うことのいちばんの喜びだと言えるはずです。
まとめ
日々の役割を責任の重さという物差しで並べ直してみると、いまの自分の立ち位置がはっきりと見えるようになります。責任の重さというものは、その判断がどれだけ先まで影響を及ぼすことになるのかによって決まっていくと言えます。
上位に置かれる判断であるほど、その場では目立つことがなく、あとになってから静かに効いてくるものになります。決めた理由を短い言葉で書き残しておくという習慣は、あとから振り返るときの確かな手がかりになってくれるはずです。
序列というものは役割を整理していくための道具であって、人の価値を測るための物差しではないと考えたいものです。焦って上の段を目指そうとするよりも、いまの段でできることを一つずつ増やしていくほうが結果として早く進めます。
重い役割を引き受けるためには、知識を取り出せる形にしておくことや、相談できる相手を持つことが備えになります。体と時間に余裕を残しておくことや、日々の判断の記録を残していく習慣もまた、大きな助けになってくれるはずです。
免許を取るための要件や手続きは時代とともに移り変わっていくため、断定せずに受け止めておくほうがよいと言えます。これから目指そうとする方は、公の窓口で最新の案内を確かめながら、落ち着いて準備を進めていくと安心できます。
責任が増えていくという実感は、負担であると同時に、確かに前へ進んでいることの証しでもあると言えるでしょう。一段ずつ丁寧に登っていくことができれば、料理の仕事というものはいっそう深く豊かなものになっていくはずです。