給食や施設で働く道を選んだ私が打ち明ける調理師免許の資格と料理の本当のところ

華やかな厨房から離れたと思われていた私の本音

調理師免許を取ったあと、私が選んだのは街の飲食店ではなく、学校給食や福祉施設の食事をつくる仕事でした。周りからは、料理人として腕を振るう場を自分から手放したのではないかと、少し残念そうに言われたことを今でも覚えています。

正直に打ち明けると、当時の私にも、華やかな厨房で名前を知られる料理人への憧れがまったくなかったわけではありません。けれども夜遅くまで続く営業や不規則な休みを思い浮かべたとき、自分が長く続けられる働き方は別にあるのではないかと感じていました。

給食や施設の仕事を選んだ理由の一つは、決まった時間に始まり決まった時間に終わる、生活の見通しが立てやすい働き方にありました。家族との時間を大切にしながら料理の仕事を続けたいという思いは、若いころの私にとって何より切実な願いだったのです。

もう一つの理由は、毎日同じ人たちのために食事をつくり、その人たちの健康を支えるという仕事の形に、静かな魅力を感じたことでした。一度きりのお客さまをもてなすのとは違う、日々の暮らしに寄り添う料理の在り方があるのだと、実習の場で気づかされたのです。

それでも働きはじめた当初は、自分の選択が逃げだったのではないかと、心のどこかで迷う気持ちを抱えていました。同じ学校を出た仲間が有名な店で修業していると聞くたびに、自分だけが遠回りをしているような気がして、落ち着かない日々が続いたのです。

迷いが消えたのは、ある利用者の方から、毎日のごはんが楽しみだと声をかけてもらった日のことでした。その一言で、自分の仕事が誰かの一日を確かに支えているのだと実感でき、華やかさとは別の種類の誇りを持てるようになったのです。

今振り返ると、給食や施設で働く道は、料理人の道から外れたのではなく、料理人の道の中にあるもう一つの大切な分かれ道でした。どちらが上ということはなく、自分に合う道を選んだのだと胸を張って言えるようになるまでには、少し時間がかかったのも本当です。

この道を選んだことを、私は今では少しも後悔していませんが、そこに至るまでの迷いも含めて自分の歩みだと思っています。これから同じ道を考える人には、迷うこと自体を恥ずかしがらず、自分の暮らしと照らし合わせて考えてほしいと伝えたい気持ちです。

大量調理の現場で初めて知った段取りと時間の重み

給食の現場に入ってまず驚いたのは、一度に何百人分もの食事を、決められた時刻までに必ず仕上げなければならないという重みでした。学校で大量調理の実習を経験していたとはいえ、毎日それを繰り返す緊張感は、想像していたものとはまったく違っていました。

大量調理では、野菜を切るだけでも膨大な時間がかかるため、誰がどの作業をいつまでに終えるかという段取りがすべてを左右します。一人が少し遅れるだけで全体の流れが止まってしまうため、自分の持ち場だけでなく周りの進み具合にも常に目を配る必要がありました。

大きな釜で煮物をつくるときは、家庭や小さな店とは火の通り方も味の染み方もまるで違い、最初は思うような仕上がりになりませんでした。先輩から、量が増えると加熱の時間や調味の加減を変えなければならないと教わり、大量調理ならではの奥深さを知ったのです。

時間の管理も厳しく、加熱した料理を何分以内に配膳するかといった決まりが細かく定められている職場もありました。こうした決まりは食べる人の安全を守るための大切な約束であり、具体的な基準は職場の手引きや公的な案内で確かめながら守るよう心がけていました。

段取りの重みを知ったことで、私は料理の腕前とは別に、仕事全体を見渡して組み立てる力の大切さを学ぶことができました。前日のうちに翌日の作業を頭の中で一通りなぞっておく習慣は、この現場で身についたもので、今でも私の大きな支えになっています。

大量調理の現場では、チームの一員として動けるかどうかが、個人の技術以上に問われる場面が多くありました。自分の作業が早く終わったら黙って隣の作業を手伝うといった小さな動きが、全体の仕上がりを支えているのだと、毎日の仕事の中で実感していました。

失敗もたくさんしましたが、どれも段取りの見通しの甘さから生まれたもので、技術の不足が原因だったことは意外と少なかったように思います。失敗のたびに作業の順番を書き出して見直すことで、少しずつ流れのよい組み立てができるようになっていきました。

大量調理を経験した今だからこそ言えるのは、この現場には少人数の厨房にはない学びが確かにあるということです。限られた時間の中で大勢の食事を安全に届けるという仕事は、料理人としての土台を地道に鍛えてくれる、貴重な修業の場でもありました。

食べる人の顔が見えにくい仕事で見つけたやりがい

給食や施設の仕事でいちばん戸惑ったのは、自分がつくった料理を食べている人の顔を、直接見る機会がほとんどないことでした。飲食店であればお客さまの反応をその場で感じ取れますが、私たちの現場では、料理を送り出したあとの様子はなかなかわかりません。

そのため最初のころは、自分の料理がおいしく食べてもらえているのか確かめる手段がなく、手応えのなさに物足りなさを覚えていました。毎日同じように作業をこなすだけになってしまいそうで、やりがいを見失いかけた時期があったことも正直に打ち明けておきます。

変化のきっかけは、洗い場に戻ってきた食器の残り具合を、毎日気をつけて見るようにしたことでした。よく食べられている献立とそうでない献立の違いが少しずつ見えてきて、言葉にはならない感想を受け取っているのだと感じられるようになったのです。

施設によっては、利用者の方と顔を合わせる行事や、食事の感想を集める仕組みが設けられていることもあります。そうした機会に直接声を聞けたときの喜びは大きく、ふだん見えない分だけ一つ一つの言葉が深く心に残り、明日への励みになっていきました。

栄養士の方と相談しながら献立を工夫する時間も、この仕事ならではのやりがいだと感じるようになりました。食べる人の体調や年齢に合わせて、やわらかさや味の濃さを調整するのは手間がかかりますが、そのぶん料理の力で人を支えている実感が得られます。

行事の日には季節の料理を取り入れた献立を出すこともあり、そうした日はふだんより少しだけ腕を振るう楽しみがあります。限られた予算と時間の中で、季節の彩りをどう表現するかを考える作業は、創意工夫の余地が思った以上に大きいものでした。

顔が見えにくいからこそ、食べる人を思い浮かべる想像力が磨かれていったのだと、今では前向きに受け止めています。一皿一皿を丁寧に仕上げることが、見えないところで誰かの元気につながっていると信じられるようになり、毎日の仕事に張り合いが生まれました。

給食や施設の料理は目立つ仕事ではありませんが、毎日欠かさず届けられることそのものに大きな意味がある仕事です。やりがいは向こうから訪れるものではなく、自分の見方しだいで育てていけるものなのだと、この現場で働きながら学ぶことができました。

免許があってよかった場面とそれだけでは足りなかったもの

給食や施設で働くなかで、調理師免許を持っていてよかったと感じた場面は少なくありませんでした。とくに衛生管理の考え方を学んでいたことは、食中毒を防ぐための決まりの意味を理解するうえで大きな助けとなり、職場の手順にも納得して取り組めました。

採用の場面でも、免許を持っていることが一定の安心材料として受け止められたように感じています。ただし求められる条件は職場によって異なるため、これから応募する人は求人の内容をよく読み、わからない点は担当の方に確かめるようにしてほしいと思います。

栄養についての基礎を学んでいたことも、栄養士の方と献立について話すときに大いに役立ちました。専門用語がまったくわからない状態では会話についていけませんが、資格の勉強で触れた知識があったおかげで、相手の意図を汲み取りやすくなったのです。

一方で、免許を取っただけでは足りなかったと痛感したことも、正直に打ち明けておかなければなりません。大量調理の段取りや大型の機器の扱いは現場で覚えるしかなく、最初の一年ほどは先輩に教わってばかりで、自分の未熟さを思い知らされる毎日でした。

食べる人の体の状態に合わせて形をととのえた食事など、施設ならではの調理法も、働きはじめてから一つずつ学んだものです。こうした分野は奥が深く、職場の研修や外部の講習を通じて学び続ける必要があり、免許はあくまで出発点にすぎないのだと実感しました。

人と協力して働く力も、免許の勉強だけではなかなか身につかない大切な要素だと強く感じています。調理員の仲間だけでなく、栄養士や施設の職員の方々とも連絡を取り合いながら進める仕事なので、伝える力や聞く力が日々の作業の質を大きく左右するのです。

足りなかったものに気づけたのは、免許という土台があったからこそだとも言えるかもしれません。何を知っていて何を知らないのかがはっきりしていたため、足りない部分を補うための学びにも、迷わず取り組むことができたように思います。

免許は私にとって、この道へ踏み出す勇気をくれた入り口であり、学び続けるための目印のような存在でした。それだけですべてが整うわけではありませんが、それがなければ今の私はいなかったと思えるほど、確かな支えであり続けてくれています。

まとめ

給食や施設で働く道を選んだ私の本音は、華やかさへの憧れを抱えながらも、長く続けられる働き方と暮らしに寄り添う料理の形を求めたというものでした。迷いを抱えた時期もありましたが、利用者の方の一言をきっかけに、この道もまた料理人の道の一つなのだと胸を張れるようになりました。

大量調理の現場では、決められた時刻までに大勢の食事を安全に届けるために、段取りとチームワークが何より大切になることを学びました。時間や温度にかかわる決まりは職場の手引きや公的な案内で確かめながら守る必要があり、その積み重ねが料理人としての土台を鍛えてくれました。

食べる人の顔が見えにくい仕事だからこそ、食器の残り具合や行事での声に耳を澄まし、想像力を働かせることでやりがいを育てることができました。栄養士の方と献立を工夫する時間も、料理の力で人の健康を支えているという実感を与えてくれる、この仕事ならではの喜びです。

調理師免許は衛生や栄養の基礎として大いに役立ちましたが、大量調理の段取りや施設ならではの調理法は、働きながら学び続けるしかありませんでした。資格は出発点であり、足りないものに気づかせてくれる目印として、これからも私の仕事を支え続けてくれるはずです。

これから給食や施設で働く道を考える人には、迷うことを恥ずかしがらず、自分の暮らしと照らし合わせて道を選んでほしいと願っています。目立たなくとも毎日欠かさず誰かの元気を支える料理の仕事には、ほかでは得がたい静かな誇りがきっと待っているはずです。